ババのきもち。
桃月庵白酒WEBラジオ「白酒のキモチ。」からのスピンオフ連載。
ざぶとん亭風流企画の馬場さんの“独り言”、毎月更新します。ぜひお楽しみください。
感想お待ちしています~。
2025/03/10
『白酒さんとのズレズレ日記』 其の壱 2025年3月10日
らくご来福の皆さま、はじめまして。ざぶとん亭風流企画ババと申します。長年、落語をなりわいとさせて頂いておりますので、僕のことを知ってるよという方もいらっしゃると思います。
我がゾッコンの噺家さん桃月庵白酒師匠とソニー・ミュージックのWEBラジオ『白酒のキモチ。』をやらせて頂いております。
この番組、タイトルの通り、収録するその時その時の白酒師匠のリアルなお気持ちをお届けしています。タイトルの終いに付いた句点、小さな〇にね、実はちょいとした意味を込めています。高座で観客を喜ばせ続ける師匠の日々、今宵ここでのひとくぎり、お疲れさまです、さあさあリラックスしてお喋りくださいな、との意です。お仕事おわりで心が解き放たれた師匠のゆるいフリートークは諧謔そのもの。面白いったらありゃしない。
番組プロデューサーの奮闘もあり、たくさんの落語ファンの皆様がリスナーさんになってくれて、この番組のご贔屓さまは〈キモチル〉という愛称で呼ばれています。ちなみに、オードリーのラジオリスナーはリトルトゥース、高田文夫先生の番組はビバリスト、エガちゃんファンはアタオカ。そして、白酒さんと僕のこの番組は『白酒のキモチ。』チルドレン、略してキモチル。
〈キモチル〉いかしたネーミングでしょ。この愛称、番組でリスナーさんから広く募集して、いろんな名前が集まった中で、鹿児島県出身の愛甲くんの案で決定しました。愛甲くん、なかなかのやんちゃで学生時代はロックと映画とラジオファン、ついでに落語好きの男。コレ、賢明な読者さんはおわかりですね。せっかくのリスナーさんからの案をキャーキャー笑い飛ばし、どれを選ぶのかなあと思ったら、ことごとくボツにして、なんだよ、てめえでつけちゃった。本名・愛甲尚人、芸名・桃月庵白酒。リスナーさんにヨイショもしなければ、番組プロデューサーにも、おまけに世の中にも忖度しない噺家。
これが、ほどよいアイロニックが人気の白酒流ウェブラジオ『白酒のキモチ。』です。

2024年12月31日 白酒のキモチ。リスナーイベントにて。
先日、「キモチルの皆さんのおかげで番組が十周年ですよ。ここはひとつ、師匠の相方ババさんのキモチも一年間の連載を始めましょう!」と嬉しい依頼を受けまして、ハイハイハイと三つ返事で引き受けた次第。いつもは聞き手の僕ババが、この場を借りて、よしなし日記をヨーイドンです。
てなわけで、僕の目から見た天才・桃月庵白酒の愛すべき人間性や落語の世界のあれこれをそこはかとな~くしたためまする。ツレヅレながらもスレスレまで真実に迫るつもりではありますが、なにせ落語『松曳き』の田中三太夫並みの粗忽のババ、或る時はズレズレなる勘違いに陥るやも。ま、しかし、誤読もまた落語的味わいなりと、ひとつ鷹揚にお楽しみあれ。
人間という可笑しな生き物、落語の中でも、そう簡単に理解できないこともありますもの。その手ごわさと、あゝわかるわかるという共感とが織り交ざり、いつしか笑いながら泣いていたりするもんです。白酒師匠の『井戸の茶碗』や『笠碁』などで体験するこの笑い泣き。自分の中にこんな笑い袋や涙の泉があったのかと驚いちゃうことしばしば。ほんと、落語という話芸は豊かな文化です。
さて、連載初回のテーマは、〈言葉は風土〉であります。
これをお読みの皆様、どうかお暇な折に、『白酒のキモチ。』のアーカイブスをランダムにお聞きくださいな。できたら複数回、就寝時などがおすすめです。聞こえてくるのは、寄席やホール落語とはまったく雰囲気の違う白酒さんの喋り。
ざっかけない冗句、奔放な笑い声、時に無防備な言葉たち。まるで友人との喫茶店での無駄話。番組プロデューサー曰く、〈大人の世間話〉。けだし名言、言い得て妙なり。
でね、この番組、長年やっていますから、同じ内容の話しになることもたびたび。ところが、この〈まえにも言ってたわ〉〈いつか聞いたぜ〉という感覚が、心に馴染む時がふと訪れるのです。キモチルでもある友人から聞いた話ですがね、その瞬間、なぜか懐かしい気分になるそうなんですよ。さもありなん。話相手の僕でさえ、自分で聞き返していても、なんか田舎に帰って来たような不思議さを感じる時がある。古くは永六輔さんや小沢昭一さんのラヂヲを聞いていた頃に感じた、あの懐かしさ。いやいや、さすがにそんなには枯れていないのだけれどもね。
いつの間にやら微笑んでしまうような郷愁、いったい、これ何なんでしょ?
おそらく、ひとつは白酒師匠の声の魅力。古今東西の噺家さんの美声数多かれど、倍音を響かせるバリトンの白酒ヴォイスは、とびきり秀でて高品質。師匠の声は高座では低くにも高くにも巧みに表情を変え、様々な登場人物を演じ分け、リズムを変えて可笑しさや人情味を増してゆく。これぞ名人白酒師匠のかけがえのない美声。
実際にデジタル機器上で、師匠の声の波形を見せてもらったのですが、その豊かなヴォリュームに見とれたものです。この音質の良さがベースにあるので、素で喋るラジオも自然と心地よい安心感があるのです。就寝前が聞き時と書いたのは、まさにこの心地よさで入眠を誘ってくれるからです。いつでしたか、白酒師匠がNHK『ラジオ深夜便』に出演した折、その美声にうっとりして気がつきゃ寝入ってたなんてこともありました。
もうひとつは、無理に笑わせようとしない師匠の芸風だと思います。寄席に行きますと、マクラでフィクションをこしらえてギャグを提供してくれる人、おとぼけ上手の人、蘊蓄に長けた人、色んなタイプの噺家さんがいて、みんな違ってみんな良いのですが、白酒師匠はちょいと違います。気持ちに正直というか、誇張のないまるで普段着のような言葉たち。
そういえば、「いささか普段の袴じゃ」の台詞でなじみ深い『普段の袴』も、普段を基調としたお笑い。武士の普段着と嗜み、憧れて真似する八五郎。その八っつぁんにも、嘘はないのです。知らないだけ。自分の気持ちのままにマジで真似しているからこそ、そのギャップが愛しき滑稽さを醸し出す。
この噺のように、白酒さんの、奇をてらわない、誇張した嘘のなさが、たまらない魅力なのです。
持ち味の毒舌が、飛び切りの笑いになる瞬間でさえ、無理して誇張したり、笑いを取るためにありもしないことをでっちあげたりはしない。例えば、世間を騒がす高慢な有名人や為政者がいた場合、直喩的に貶すのではなく、「いいですねえあの笑顔、さすが人気者です。見ているだけでチャンネルを変えたくなります」のように隠喩的に皮肉る。一格上の修辞法、毒舌テクニック。しかも、笑いの質と美声が高いレベルで釣り合ってるからこそ、聴くたびに面白味が増す。
落語のマクラにしてもラジオにしても、白酒さんの普段着のような喋りに接するたびに、何故か懐かしいような居心地の良さを感じます。
ことほど左様に、白酒さんレベルの上質な話芸は風土になりえるなあ、と思う僕なのです。
さて、結論めいたところに到達したんで、ぼちぼちエンディング。
心の風土足り得る上質な白酒流話芸を培ったのは、落語の修行はもちろんですが、それだけではなく、若い頃から好きだったアキ・カウリスマキなどの映画やロックカルチャーも大きな要因だと思います。白酒さんは、彼らへの憧憬をみごとに自分の肥やしにしている。2023年に大谷選手がWBC決勝前、チームメイトに「憧れるのをやめましょう」と言ったはるか以前、2013年、名人古今亭志ん生について、「聖域は聖域として大事にしなくてはいけませんが、私、個人としてはいつまでも怖がっていてもいけないんじゃないかって思いました。」(『白酒ひとり 壺中の天』桃月庵白酒著 白夜書房より抜粋)と語り、志ん生台本をそのままではなく自分流にアレンジする意味を伝えてくれましたよ。
白酒師匠ブラボー! 大谷選手との共通点めっけ!
めっけたところで、また次回!