ババのきもち。

桃月庵白酒WEBラジオ「白酒のキモチ。」からのスピンオフ連載。
ざぶとん亭風流企画の馬場さんの“独り言”、毎月更新します。ぜひお楽しみください。
感想お待ちしています~。

2025/05/05

『白酒さんとのズレズレ日記』 其の参 2025年5月5日

 皆さま、お元気ですか?
 今、僕がこの日記を書いているのは五月五日の子供の日、端午の節句です。今日の節句、別の言い方をすると、九月九日の菊の節句を〝重陽〟と呼ぶように、〝端陽〟とも表されます。
 『重陽』と聞くと落語ファンならば、小泉八雲作品を原作とした柳家喬太郎師匠の名作落語を思い出しますが、重陽•端陽の〝陽〟は陰陽五行説の絡み合う陰陽のめでたき明るい面のこと。サッチモの歌うon the sunny side~♪ はたまた、寒空はだか『東京タワーの歌』のご陽気な端午いやタンゴ! おっと、脱線。
 つまり、五と五の端陽、九と九の重陽、七と七の七夕も、三と三の桃の節句も陰陽五行説的には奇数のゾロ目は縁起が良いのです。落語的にはどうかってぇと、奇数であろうが偶数であろうがゾロ目は運が良いというか価値がある!ってことでしょうかねえ?
 『へっつい幽霊』でもサゲの手前で、「四ゾロが出れば勝てたのになあ」と幽ちゃんが呟くし、チンチロリンだって三つの賽子が揃うゾロ目はアラシで強い役。アラシの中でもピンゾロは最強。そう言えば、『看板のピン』はヘマだけど、表と中が一緒だからこそのサゲ。あ、これ全部、博打ですね。

 芥川賞作家の玄侑宗久和尚曰く、こういう数字の一致はツキがあるだけではなく、神仏の依り代になるんじゃないか、と。僕が企画編集した『立川志の輔・玄侑宗久面白らくご問答』(文春文庫)の『文七元結』の章に、偶然の数字の一致について志の輔師匠と宗久和尚の面白い論考が出てきます。
 愛しい娘を担保に長兵衛の借りた大金と、文七が盗まれたと思い身投げで償おうとした大金、どちらもぴったり五十両。この偶然の一致がなければ文七元結という名作は成り立たないとお二人で合点し合っています。
 身投げしようとする文七が「五十両を」と泣くのを聞いた瞬間、長兵衛の心の中の本性が震える。それは、負けた時は神も仏もねえ、勝った時は神仏が回してくれたのだという博徒のサガ。博打は止めると決心してはいるが、長兵衛の生き方の根本には神仏を信じる博徒的な心があるのではないか。五十両と人の命を賭けたら、命が勝った。
 そう考えると、死ぬと言ってきかない文七になけなしの五十両をくれてやった後の「金毘羅さんでもお不動さんでも何でもいいからおめえの贔屓の神様に、吉原の佐野槌の今年十七になるお久という娘がどうか悪い病気にかからないように拝んでくれ」という名セリフがより一層心に響いてくる。
 志の輔師匠と宗久和尚のキモチ、皆さんにも合点してもらえましたか?

 五月五日の端陽からのゾロ目考で、『文七元結』まで来てしまいましたが、さてさて、ゾロ目という言葉から連想する落語って『ぞろぞろ』もありますね。この噺は数字の一致ではないのに、なぜか音の響きの重なりで、神様の思し召し、縁起の良さが増幅されているような気がします。増幅されすぎて、あはは、おひげもゾロゾロ。信仰と現世の欲が空回りする人間臭い面白さ。良いオチだなあ。
 そんならババさん、『だくだく』はどうなんだい?ってことなんですがね。
 それについちゃあ、これはこれで、どちらも怪我無く良かったね。ということで、あはは、こりゃまたまた、脱線ですね。

 そんなこんなで、今日は五と五のゾロ目で縁起の良い子供の日、おまけに外は新緑で輝いています。来週から始まる大相撲五月場所も大の里関など若い世代の台頭で人気を盛り返しています。若さや新しさが似合う五月、僕も桃月庵白酒師匠と新鮮な取り組みをば開催するでごわす。
 古典落語の名手、白酒師匠が新作落語を披露するという驚きの企画です。

 五月二二日(おっと、ここでもゾロ目ですね)午後七時開演、渋谷大和田の伝承ホール
 桃月庵白酒 新作と古典ひとつずつ
 『皐月のキモチ。』 ゲスト 坂本頼光(活弁士)



 と云う訳で、日記の後半は新作落語のオハナシを少しばかり。
 僕ババは、古典落語同様に新作落語も大好物でございます。
 噺家さんが新作を初めて掛ける高座、成功するか否か、客席に居て胸がドキドキ。とてもスリリングな体験です。
 おっ、やったね大当たり!の瞬間、鳥肌が立つほど狂喜します。それが、今だけ成立する噺であっても、後世まで残る噺であっても、生まれる瞬間の熱量、胎動から誕生の感動はライブならではの体験。
 こうして、新しい落語が誕生することで落語の歴史は脈々と続いていくと、僕は思うんです。新作が活発になると、古典落語の中の現代につながる価値が見いだされる機会が広がると感じるからです。
 現在、古典落語として定着している多くの演目も始めは新作落語だったという視点があれば、物語が生まれた時の新鮮さが蘇り、けして落語は古びない。
 たとえそれが中国の古い笑話由来であっても、戦国時代の御伽衆が語っていたものにせよ、もちろん作者がはっきりしている演目も、最初は誰かが作った新しい噺、その新作落語が時を経て多くの語り手によってだんだん今の形の古典落語になり、今なおずーっと進化を続けている。
 古典の演目は噺家と共に生きる命です。
 昔と今をつなげる命。

今 話題の大河ドラマ『べらぼう』も、柳亭左龍師匠演じる江戸落語中興の祖•烏亭焉馬が出てきて嬉しいなあという気持ちと共に、江戸と現代を身近に感じさせてくれる庶民文化が楽しめる番組です。落語史の文脈でお馴染みの山東京伝などが活躍するのも心躍ります。
 この山東京伝の洒落本『通言総籬(つうげんそうまがき)』をいとうせいこう氏がみごとな現代語訳にして、日本文学全集十一(河出書房新社)に収め、昨年には河出書房文庫としても出版され手に取りやすくなっています。せいこう先生の名訳で吉原の詳細がよくわかるこの文庫本、江戸落語の理解にも役立つのでお薦めですよ。
 江戸文学と落語は切っても切れない仲ですな。

 烏亭焉馬の先達で、江戸落語の祖と呼ばれる鹿野武左衛門も、筆禍事件で不運も呼び込んだと言われてますが『武助馬』の元になった作者として今日にも繋がる立派な功績を残しています。その後ずーっと経って現れた焉馬さんは、『咄の会』を主催し盛り上げ、多くの仲間と狂歌や噺をこしらえた点で、さらに大きな功績を残していると言えます。
 その『咄の会』に集ったのは、山東京伝、太田南畝(蜀山人)、五代目市川団十郎、式亭三馬、三笑亭可楽などの当時バリバリのクリエーター達。彼らが新しい作品を創作する息吹たるや、さぞ凄かったでしょうね。

 烏亭焉馬たちの『咄の会』の会を落語創作集団の嚆矢とするならば、幕末の頃、その後継たる粋狂連、興笑連なるこりゃまた天才集団が現れ三題噺を流行させる。
 この連には、仮名垣魯文、河竹新七(黙阿弥)、初代春風亭柳枝などの錚々たる文人や大看板に交じって、若き日の三遊亭圓朝も参加していた。
 『鰍沢』等、当時の新作が今や古典の代表作となっているわけです。

 天明の頃の『咄の会』も、幕末の粋狂連も、その時代の文化の先端を走る表現者が新作落語を創作していた。これはまさに、現代の新作のトップランナー、春風亭昇太•三遊亭白鳥•柳家喬太郎•林家彦いちの創作話芸アソシエーションSWAに直結するクリエイト魂。

 SWAにも影響を与えた三遊亭圓丈も新作落語を語る上で忘れてはならない存在。作品を作るだけではなく、熱い創作魂を若手に伝播した。しかも、当時先端のポップカルチャーとも交流している。圓丈師匠が参加している音版ビックリハウス『逆噴射症候群の巻』なる作品のジャケットを検索して眺めてみて下さいな。圓丈さんの隣に細野晴臣さん、うふふ、ババくん好みのど真ん中。
 江戸時代の文化の先駆者と落語家が同じ連の中で切磋琢磨しいたのと同じ関係性を発見できますよ。落語家という表現者は、とてもかっこいいんです。
 SWAの面々が落語だけではなく上質な演劇や映画に出演したり、音楽家とコラボしている姿も、まさに才能が才能を呼ぶクリエイト魂の坩堝。落語の枠から溢れ出る才能が色んなジャンルを経験して、それがまた落語を潤している。

 そして今、SWAの後輩世代の三遊亭天どん、柳家わさび、弁財亭和泉、三遊亭青森などたくさんの噺家が、寄席や独演会やサンキュータツオ氏がキュレーターを務める渋谷らくごなど様々な場で新作を花咲かせている。
 企画ユニットらくご@座(松田健次と小生ババ)での春風亭一之輔や柳家三三の手がける新作落語も痛快な面白さがある。
 立川流の新作と言えば、なんといっても立川志の輔の名作の数々。志の輔一門の志の春、立川談笑一門の吉笑、談春一門の作家ナツノカモを筆頭に若手が素晴らしい作品を世に問うている。
 新作落語の作り手は枚挙にいとまがない。
 新作として時代の中でスパークすることも価値があるし、その中の何作かは将来まで語り継がれ、古典と呼ばれるだろう。
 今や人間国宝、五街道雲助が手掛ける『夜鷹そば屋』も、江戸の風が吹く名作だが、もともとは柳家金語楼(有崎勉)の新作『ラーメン屋』を江戸を舞台に見事に改作したもの。この噺などもはや古典と言っても良いと思う。実際、僕の企画した『柳家喬太郎古典の風に吹かれて』(紀伊國屋ホール)で雲助師匠は古典としてこの演目を掛けて下さった。

 そしていよいよ、我ら桃月庵白酒の新作のことを語りましょう。
 白酒師匠は前座の頃、なんと三遊亭圓丈師匠に見込まれて、圓丈率いる『応用落語』『ネオ応用落語』に参加し、さまざまなタイプの笑いを新作落語として創作していたのです。つまり、若き日、前出のSWAのメンバーたちと新作落語でも腕を競い合っていたという驚くべき事実。
 ババさんあんまりばらさないで、と白酒師匠の声がするような。ええい、書いちゃえ書いちゃえ。
 『コインシャワーマン』『夏の日』『温泉卓球』など強烈に面白い噺があるとSWAの面々からも聞いておりますよ。
 鈴本演芸場の席亭さんと柳家喬太郎師匠に焚きつけられて二〇一三年九月上席夜の部主任の時に『白酒の裏切り~おはよう新作、おやすみ古典~』という十日間すべて新作という企画興行も大成功させてるんですからね。僕も通いましたよ。いやあ、強烈に面白かったなあ。
 この興行の衝撃を再現したくて企画させて頂いたのが、桃月庵白酒『古典と新作ひとつずつ』シリーズ。五月二二日の今回で五回目となります。
 初回の新作は『いつもの』。筒井康隆の或る短編に触発されたて創作した作品。この制作エピソードは、SONYウェブラジオ『白酒のキモチ。』百五十回で喋っていますのでお暇な折にぜひお聞き下さい。
 二回目が現代の忍者もの『草』、三回目が或る酔いどれ噺家がなんと世界を救うヒーローになるという『寄席よりの使者』、四回目が柳家喬太郎作『喜劇駅前結社』。いずれも大爆笑!
 それぞれ、古典演目との相性も抜群で、お客様も大喜びでした。普段はポーカーフェイスの桃月庵白酒師匠、古典も新作もとことん凄い才能なり。憎いね、どーも。
 さあて、今回はどんな噺を聴かせてくれるやら。
 僕は今から楽しみで楽しみで、気もそぞろ。