ババのきもち。
桃月庵白酒WEBラジオ「白酒のキモチ。」からのスピンオフ連載。
ざぶとん亭風流企画の馬場さんの“独り言”、毎月更新します。ぜひお楽しみください。
感想お待ちしています~。
2025/05/31
『白酒さんとのズレズレ日記』 其の四 2025年5月31日
落語ファン皆さま、『白酒のキモチ。』リスナーのキモチルの皆さん、いかがお過ごしですか。
今日は五月の晦日。そういえば今月わたし、うっかり六八歳になっちゃってました。なんないように気をつけてたんですが。月日の経つのが早すぎます。
そんなわたし、ついさっきまで末広亭五月余一会夜の部『橘家文蔵・柳家喬太郎二人会』の客席で心弾ませておりました。文蔵師匠の演目は『青菜』『スナックヒヤシンス』(林家きく麿作)、喬太郎師匠は『スナックランドぞめき』『錦木検校』。お二人とも最高でしたよ。若手の高座も心地よかったあ。文蔵一門の橘家文吾さんは言うまでもなく、前座の柳家ひろ馬さんも伸び盛り。おまけに今夜の色物さんは米粒写経。知的と痴的のコントラストで爆笑を取ってました。
いつの日も寄席は観客の心をほっこりさせてくれます。六月になると浅草演芸ホール中席の夜、我らが桃月庵白酒師匠が主任ですよ。いざ、寄席へ参りませう。
さて末広亭余一会がめでたくハネ、新宿から高速バスで一時間五〇分の山梨・石和の我が家に着いて、ひとっ風呂浴び、ただ今午後十一時半。のんびりとこの原稿を書いております。
早いもので、この連載も四回目とあいなりました。
綴る話題が“あちたりこちたり”蝶々のように舞い、あなたの心にニホンミツバチのようにたかって、けっして刺さないという、このババのゆるい落語エッセイ。落語界隈の好事家たちに意外と評判のようでして。ありがたいことですゾ。はい、アタシのこともっと褒めるのですゾ。おっとスナックヒヤシンス口調になってる。
そしてこの、“あちたりこちたり”という、敬愛する柳家小満ん師匠の演目で自画自賛するなんぞ、じつにどうもバチ当たりですがね。でもきっと、小満ん師匠ならお許しくださるわぁ。思うに、桂文楽と五代目柳家小さんという二人の名人の弟子だった小満ん師匠の古き良き昭和の味わいが、今の時代にとても貴重だなあとしみじみ思うのでございます。優しさを持った燻し銀の高座、素敵な小満ん師匠にゾッコンです。
この感情は、わたしが六十八歳のジジイだからなのでしょうか、いえいえ、そんなことはござんせん。小満ん師匠ファンの若者もわたしの周りにはたくさんいるし、小満ん師匠に憧れる後輩落語家さんもたくさんいらっしゃる。老境に入ってからの深い味わいが、我々観賞者の心を優しく包んでくれるのです。まるで晩年のフジコ・ヘミングが奏でるピアノのように。
おっと、今月が自分の誕生月だったせいか、春が過ぎゆき夏が訪れる季節のせいでしょうか、どんどん老境の方へと筆が進んで行っちゃうよ。でも、これは偶然ではないな、この四月五月で観た色んなアートがそうさせてくれている。先ずは、世田谷美術館の横尾忠則展『連画の河』。そして渋谷イメージフォーラムで観たレオス・カラックスの『IT'S NOT ME イッツ・ノット・ミー』。どちらも作家が年を重ねたことでイメージが溶けて混ざり合い、過去をどんどん変容させていた。ほとばしる想像力に感銘を受けましたよ。このお二人の天才アーティスト、更に晩年に向かうともっと摩訶不思議なイリュージョンの世界が待っているような、そんな期待が膨らみます。ゴダールや唐十郎、談志や永六輔がそうであったように。
あ、そうそう。もうひとつおススメしたい老境のアーティストの情報です。
細野晴臣さんの若き日の日常と表現に向かう原点をまことにセンス良く編集した展覧会『細野さんと晴臣くん』が立教大学池袋キャンパス、ライフスナイダー館で今日から六月三〇日まで開催されていますよ。無料ですが混雑防止のために予約が必要とのこと。興味ある方は検索してみてください。ババは初日の今日、末広亭に行く前に行ってきました。ものすごく新鮮なアイディアで細野さんの楽曲を聴く体験ができますよ。夢見るように時間が過ぎました。細野さんファンの僕のエピソードはWEBラジオ『白酒のキモチ。』で白酒師匠が何度か紹介してくれているのでご存じの方もいらっしゃると思いますが、いずれこのエッセイでも書きたいな。細野さんファンの僕ら夫婦、七月のロンドン公演も追いかけるんです。
さて、では肝心の落語の話題に戻ります。
先月に遡りますが、どうしてもこの落語エッセイに書き残しておきたい落語モチーフのお芝居、劇団ラッパ屋の『はなしづか』(鈴木聡作)。
戦争と落語家、時代に翻弄される庶民、戦時下の禁演落語。重苦しい圧力に屈した自粛、自主規制。現代にも通じるテーマを軽演劇タッチで、面白くも実に切ない芝居だった。
ずっと記憶に残したい名場面がある。噺家が集められた集会で禁煙落語がひとつひとつ読み上げられると、その演目をじっと聞きながら、三人の落語家(春風亭昇太師匠、柳家喬太郎師匠、ラサール石井さん)が次第に泣き始める。台詞もなく、ただただ泣き続ける。まるで自分の子供や家族、友達が死んでしまったかのように。その泣き声がしだいに大きくなり、切なさを増してゆく。その悲鳴は、今、現実として戦争で大切な存在が犠牲になった無数の人々の嘆きにも通じて、静かに心を揺すぶる。この文章を書いている今でさえ、あの三人の泣き声が僕の心に響いています。
後日、同じ紀伊國屋ホールで、我々らくご@座の松田健次くん企画の落語会『俺たちの宮戸川』なる会を成功させ、その打上げをご出演の柳家三三師匠、三遊亭兼好師匠、柳亭小痴楽師匠らと居酒屋・浪曼房でやっていた。その最中、突然、三三師匠が彼方を見つめて「あっ!」と。一同、その方向に顔を向けると、近くのテーブルにラッパ屋主宰・座付き作家の鈴木聡先生のお姿が。なんという偶然。親しみと共に敬愛する鈴木先生にお会いでき、一同やんやの大はしゃぎ。記念写真もはい、もちろん。撮影は小痴楽師匠のお弟子さんの柳亭いっちさん。
この時判明したのは、我々の打上げ出席の落語家さんもスタッフもほとんどの人が『はなしづか』を観ていたという事実。この芝居の素晴らしさを再認識できました。
そんな濃い内容の出来事がごろごろざくざくとあったわたしの四月五月、まだまだこの後に凄いことが起きるのですが、ちょうど小生、おねむの時間となりまして、この続き“白酒師匠の新作はじつにシネマティックだったのだよー”は、あしたのこころだーzzzzz。
