ババのきもち。
桃月庵白酒WEBラジオ「白酒のキモチ。」からのスピンオフ連載。
ざぶとん亭風流企画の馬場さんの“独り言”、毎月更新します。ぜひお楽しみください。
感想お待ちしています~。
2025/08/17
『白酒さんとのズレズレ日記』 其の七 2025年8月17日
夏真っただ中、亜熱帯の如しでござる。
かの放浪詩人山之口獏が、故郷沖縄のことを哀愁と自虐を持って〈 亜熱帯 〉と綴ったのは昭和の中頃のことだったか。いまや、ニッポン列島全体が亜熱帯どころか熱帯のようで、いったいぜんたい、どこからどこがオンタイで、どこからどこがアネッタイなのだ。なんでこんなんなっちゃった。我が国営放送の天気予報でも、ようやく「地球温暖化のために」としゃべり始めたことに気づいた方もいらっしゃることでしょう。
そんな猛烈な暑さの中、我々『白酒のキモチ。』チームはといいますと、10周年記念で3か月連続開催する『白酒のキモチ落語会』の真っ最中なのでございます。汗をかきかき会場に詰め掛けてくださるキモチルの皆さん、ラジオはまだ聞いたことのないという皆さまも、ありがたや。おかげで3公演とも大入り大盛況でございます。
この3公演の目玉企画として、白酒師匠にひとつ大きな課題に取り組んで頂いています。それは、ゲストの師匠方にネタを教わり、白酒師匠の工夫を凝らし披露していただくというものです。言葉で説明するのは簡単ですが、先輩の十八番を教わって、自分の高座にかけることはかなり密度の濃い思考や稽古を強いられる、言わば行であります。いかにその噺を自家薬籠中のものにするか。聴き手の愉しみは演じ手の苦行であるわけですが、我らが桃月庵白酒師匠みごとにミッションクリアーしております。
つい先日、『白酒のキモチ落語会・喬太郎師編』が行われ、柳家喬太郎師の『綿医者』を伝授された白酒師匠がみごとに白酒版として初演。時代設定も現代寄りにし、スラップスティックな喜劇に仕立て、満場の拍手喝さいを浴びました。お客様の喜んだお顔が忘れられません。
喬太郎師匠も満足そうでしたよ。
『綿医者』のような演り手の途絶えた極めて珍しい演目をあらすじから想像してウケる噺に仕立て上げる柳家喬太郎師匠の才能は驚愕です。喬太郎師はこの演目の他にも『擬宝珠』や『吉田御殿』などまさに自家薬籠中のものとされて観客を笑いの坩堝に誘ってくれています。凄いことですよね。

その喬太郎師が、なぜ白酒さんに『綿医者』を託したかを舞台で語ってくれました。
「『喧嘩長屋』とか『茗荷宿』をすごく面白くする才能がある白酒さんだから、
「『綿医者』を託したかった。」
どうです、喬太郎師匠の慧眼。まさに、天才は天才を知る、ですね。
尊敬する喬太郎兄貴から託された白酒師匠の動きも凄かった。噺を稽古すると同時に『綿医者』に関する資料を掘り起こしサゲの研究までしていたという事実がお二人の対談で判明。元々、両師匠共に入門前から落語の虫、録音機のない昔の噺家さんの速記本への知識も深い。これを落語愛と呼ばずしてなにをかいわんや。いわんのばかあん。おっと脱線。
『綿医者』を口演して高座から下りて来た白酒師匠。袖で出迎える笑顔の喬太郎師匠が「ありがとう。良かったよ」と言うと、汗を拭き拭き「ありがとうございました。伸縮自在なので寄席でも重宝です。持ちネタにさせていただきます。」と感謝。素敵な場面を目撃しました。

いつもラジオでは、落語あれこれや世情のアラを気軽に語り合ってありますが、こうして本芸を極める奥深い修行を垣間見て、わたくし頭が下がる思いです。もう、牛の金玉みたいに下がりっぱなし。おっと、美談のままにしておくべきだったか、あはは。
『白酒のキモチ。落語会』は、初回の瀧川鯉昇師編もまた別の切り口でとても面白い芸の伝達でしたよ。

『王子の狐』のマクラへの民話的なアプローチでした。鯉昇師匠が王子周辺の図書館で採取してきた狐と人間の逸話を、愛おしいほどの洒落た小咄にしてまして、それをこの古典落語に一滴垂らすだけで、ほんのり狐がマイルドなテイストになるという不思議なマジック。王子の狐さんと騙した男、双方がより可笑しいキャラクターになる効果が出ていました。

鯉昇師匠からの『王子の狐』、喬太郎師匠からの『綿医者』の伝授。いずれも大成功の我らの桃月庵白酒師匠。さて、ラストは春風亭昇太師匠からどんな演目が渡されるのでしょう。

興味深々。またひとつ落語の財産が誕生するはずです。見逃せませんね。昇太師編は、9月3日。渋谷大和田の伝承ホールにお集まりください。
この公演、一旦売り切れてはいるのですが、聴きたい!行きたい!というご要望にお応えして、桟敷席を当日券として準備しています。会場でお会いしましょう!
さて、ババのきもち。この回の筆を置く前に、そうだそうだ。白酒さんのおかげで嬉しかったこと、ひとつ思い出した。
わたくし先月、細野晴臣さんのライブを追いかけてロンドンに行ったのですが、せっかくだから、もう一か所どこかの都市を回って来ようかなと思っていた折に、白酒さんから「プラハ!」とアドヴァイス。
チェコか! プラハの春か!
おおそうだ彼の地は、我が敬愛の田中泯さんがビロード革命前、自由を渇望する民衆に飛び込み地下劇場で踊って以来、大洪水被災への支援もしていた都市だ。チェコ、これは行かねば。
そしてプラハは、ジュゼッペ・トルナトーレ監督『鑑定士と顔のない依頼人』でジェフリー・ラッシュ演じるうらぶれた主人公がラストシーンで辿り着く時計台とゼンマイ時計だらけの奇妙なレストランがあった街。
プラハに行けてラッキーでした。白酒さんの一言のおかげです。
師匠の言った通り、プラハ城、カレル橋、モルダウ川、街全体が美術館のようだったし、トルナトーレの映画で見た天文時計台やレストラン(全く変わっていたが美味!)も感慨深く、ドヴォルザークの生まれたボヘミアの田舎町ものどかだったし、なにより田中泯さんが関わった劇場の新しい姿も確認し、帰国後に泯さんに報告もできた。
以上、チェコ観光のオハナシなのですが、実は旅行中に気がつかなかった、プラハと落語の奇妙な一致と言いますか、意外なつながり。いやいや、これはいささかこじつけというか僕の中だけのことなのですが…。
ドヴォルザークの生まれた田舎ネラホゼヴェスから電車でプラハに戻って、夕暮れの散歩をしようと、地図を広げると、“KAFKA MUSEUM”の活字が目に飛び込んだ。すっかり忘れてました。フランツ・カフカがプラハに生まれ育ったことを。3日間のプラハ滞在の最終日の夕方に思い出したので、カフカミュージアムには時間的に行けなかったし、おそらく…、時間があっても行ったかどうか。
いまさらカフカかよってなババのきもちだったんだろう…、高校時代にむさぼり読んだカフカくんは卒業! みたいな感覚だったと思うんだよね。
ところが、帰国してから、カフカのもやもやが止まらない。なにかが思い出せない。大事なことを忘れている…。
そんな或る日、ミュージシャン高田漣くんから新刊が届く。高田漣さんと言えば、白酒師匠と何度も共演した僕らの大好きな音楽家。漣くんの大きなコンサートに白酒さんがゲストに呼ばれた際はとなりの楽屋が井上陽水さんだったし、『親子酒』を高田渡・漣に置き換えた白酒師匠の爆笑改作もあるほど二人のエピソードはたくさんある。
優れた音楽家である高田漣さんはなんと文才にも秀いで、文芸冊子『ケヤキブンガク』に掲載した小説三篇とあらたに書き足したブリッジをみごとに構成して『街の彼方の空遠く』(河出書房新社)を上梓したのである。吉祥寺の街と自身の青春を類まれな想像力で異化してとてもとてもオモシロイ世界を創造している。
その『街の彼方の空遠く』の出版を記念して下北沢の名物書店、本屋B&Bさんが『高田漣×いとうせいこう サンプリングする小説、オルタナティブな文学』なる対談が企画された。配信で二人の文学トークを楽しみながら一杯呑んでいた僕に、突然、啓示のような言葉が飛び込んだ。
いとうせいこうさんの声で“カフカ”と。
…、カフカも人前で朗読して、受けなかったところは直してね、的な小説技法についての内容だったと思う。漣くんとの対話の流れのほんの一言。
旅で思い出せなかった僕のカフカもやもや。コレこれだったのです。
プラハで生まれ育ち、プラハ大学で法律を学びながら、コツコツ小説を書いていたフランツ・カフカは、ひとつの作品を書きあげると友人(マックス・ブロード)たちの前で朗々と読み上げた。人物に依っての演じ分け、じつに熱心に朗読して、聴き手の反応を見て、書き直したと言われています。それが『判決』や『変身』という名作になるわけですね。
どうです、皆さん。まさにこれは客前にかけては直していく新作落語の手法ではないですか。古典落語にしても同様です。演じては直し、また演じては直し、その噺家さん独自の一席が完成される道程そのもののような気がします。
SNSや人工知能。人と人の直接の触れ合いがないままに進行していってしまう幼稚な思考や言論や表現が跋扈する現代。カフカのように、落語のように、送り手と受け手の直接の交流で成り立ってゆく意思伝達や表現行為の方が信頼できる、と僕は思います。
僕のプラハでの忘れ物は、意外と価値ある忘れ物でした。プラハの旅がやっと終わった感あるババのきもち。白酒さんと田中泯さんとジュゼッペ・トルナトーレ監督、高田漣くんといとうせいこうさんに感謝です。
そんなこんなでまた次回!
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