ババのきもち。
桃月庵白酒WEBラジオ「白酒のキモチ。」からのスピンオフ連載。
ざぶとん亭風流企画の馬場さんの“独り言”、毎月更新します。ぜひお楽しみください。
感想お待ちしています~。
2025/10/15
『白酒さんとのズレズレ日記』 其の九 2025年10月15日
10月の扉を開けると、いつも思い出してしまう、昔、愛読したレイ・ブラッドベリの『10月はたそがれの国』を。人生を1月から12月だと仮定すると、ちょうど10月くらいが人生の黄昏なのかなあと、この短編集のラストに収められている『ダドリー・ストーンのすてきな死』を読み返す度に感慨に耽っていた高校時代、演劇部と文芸部と映画部のババ君でした。ババ君よ、あの時き~みはバカだったあ♪ ザ・スパイダースは小学5、6年の頃だったか。
いけねえ、いけねえ、ホントに感慨に耽ってしまう。
落語界の10月は黄昏てなんかいられません。
先ずは、我らが白酒師匠が主任を務める上野鈴本上席夜の部。
桃月庵白酒『浮世女男夫婦模様(うきよめおとたちのいろいろ)』と歌舞伎風に外題された、男と女、恋愛、情愛、夫婦もの演目のネタ出し。
初日から楽日まで、白酒師匠ならではの味付けで定評のある、じつに興味深い演目がずらりと並ぶ。
10月1日『幾代餅』
10月2日『文違い』
10月3日『山崎屋』
10月4日『不動坊』
10月5日『お直し』
10月6日『火焔太鼓』
10月7日『井戸の茶碗』
10月8日『甲府ぃ』
10月9日『厩火事』
10月10日『芝浜』

どうです、毎日通い詰めたくなっちゃいます。毎日、SNSで色んな方の感想を読んで、この噺そんな演出をしたんだとかイイネしながらも、嗚呼、羨ましいって思ってましたよ。『白酒のキモチ。』の常連、キモチルの皆さんの素敵な感想もたくさん拝見していました。
あいにく、ババは甲州石和宿、中央高速バスが頼みの江戸通い。毎日通うのは至難の業、でもね3回は行くこと叶いましたよ。
僕が行ったのは、『山崎屋』と『お直し』と『芝浜』。いずれも笑わせどころが難しい噺。この難題をいかに白酒師匠が自家薬籠中にしているかを再発見できて、さすが白酒師匠と感激しておりました。いずれも師匠の実力を存分に発揮した名演でした。僕の感じたまま以下にリポートしてみますもんのすけ。
『山崎屋』は、若旦那がベタ惚れした吉原の花魁を落籍させ大店に嫁がせちゃおうって大胆なことを思いつく番頭のキャラが抜群に面白い。『百年目』の清廉潔白な番頭と真逆で、コイツきっとお店の金を使い込んでやがるぜってな匂いのプンプンする番頭が、白酒師匠独特のアイロニーで描き出され、その番頭に綺麗に騙される大店の旦那の対比が実におみごと。
この旦那こそ真のノンケ、純粋無垢のお坊ちゃまがそのまんま大人になったようで、倅を吉原に連れってくれと策略する『明烏』のおとッつぁんとは真反対。なので、騙される旦那と、花魁言葉の抜けない女との、お互いオバカな二人の会話がやけに純粋無垢に聞こえて、それがこの上なく楽しいのです。
『お直し』は、この芝居(鈴本十月上席夜)の中で僕が最も聴きたかった演目。古今亭の門外不出の演目とまで言われた志ん生の十八番。若き日の柳家喬太郎師匠がこの噺を五街道雲助師匠に教わろうとお願いしたら〈あんちゃん、これだけは勘弁しとくれよ、他はいくらでも教えるからさ〉というお返事だったという逸話もあるほど。これは白酒版でぜひ聴きたかった。
僕にとっては、2016年9月、ざぶとん亭風流企画主催の桃月庵白酒長月二夜『志ん生蔵出し』の二夜目ゲスト神田松之丞(現、伯山先生)の公演で演って頂いた以来、実に9年ぶり。
そんな風にこの名作『お直し』への想いを『白酒のキモチ。』収録時に師匠にお伝えしたんですよ。
ところが、
「いやあ、そんな大げさなもんじゃないですよ。確かに志ん生師匠のは素晴らしいですけれどね。落ちぶれた女郎と博打好きなダメ男の馬鹿げた噺ってだけで、登場人物はきっとそんなに重く考えちゃいやしないし。」
とのたまわる。
謙遜も含んでの言葉でしょうが、ファンとしての僕と、喋り手としての白酒師匠とのこのズレこそ、落語を愉しむ為の重要な要素のような気がします。そして、それがズレズレ日記を書かせて頂いている意味でもあります。
つまり、口演する落語は、単なる文章を読んだものではけっしてなく、ましてや理屈や理論でもなくて、芸能、芸術の領域。いわば喋り手の自由な思いを表現するもの。そして、それは聴き手にとっても同じく自由なものであるわけです。いったん放たれた言葉に、どう翻弄されるのか、いかに感動するのか、何を感じても自由。聴く人の数だけ落語はあるのだと思います。ひとつの演目がひとつの解釈なんて気持ち悪いですよね。想いが無数に踊り始める落語という芸能は、つくづく魅力的です。
『お直し』に関して、12年前に白酒師匠にお話しをお伺いしたことがあります。師匠の著書『白酒ひとり 壺中の天』(白夜書房)にも載っていますので手に取っていただけると幸いです。12年前のその時、白酒師匠は、名人古今亭志ん生とカウリスマキの人物の描き方を絶賛しながら、この噺をお涙頂戴的に重くせず、軽く描くことで優れたブラックジョークにしている志ん生師匠の凄さを語った後、自分に対してこう仰っています。
〈いつか、この『お直し』を、シニカルな笑いいっぱいの一席に仕上げられたら、私のステージは一ランクも二ランクもあがるでしょう。〉
あれから12年後の今年の10月5日、鈴本で聴いた桃月庵白酒師匠の『お直し』は、僕にとってまさしくシニカルなブラックジョークに笑いながら、羅生門河岸の男と女がモノクロームの映画のように映る最上級の高座でした。気がつけば、笑いながらも目頭が熱くなる。
貴重な一席を聴くことができて、心から幸せでした。極上の幸せ。
さて、ここから数行、生意気を承知で書くね。ここもきっと白酒師匠とズレズレかもだけど。
12年前でさえ、桃月庵白酒は本当に凄かったけれど、あの日あの時、『お直し』が上等な滑稽噺に出来たら〈私のステージは一ランクも二ランクもあがるでしょう〉と語った言葉が、今まさに現実になっている。そんでもって、あのね、そんな一目上がり的なレベルアップじゃなくてさあ、もっともっとすげえ高みに来てますぜ、ねえ白酒どん。
ぜってえニヤニヤして聞かねえ振りされそう。だはは。
はい、文体戻して、『芝浜』です。
楽日でした。白酒師匠の鈴本『浮世女男夫婦模様』が凄いよってな噂を聞きつけたのか、白酒版『芝浜』は人情噺じゃないのよ、あらそう、じゃナニバナシ~なんて嗅覚の良い方々が集まったのか、とにかく楽日が大盛況というのは景気が良くて気持ちも良い。
人情噺的に描かず、的な解説は『お直し』で真面目に書きすぎたので、ここではスルー。
僕にとってなにが凄かったかって、噺の構成です!
白酒師匠はホント天才だわ! と思ったのは、夜明けの海を感じさせる云々と言われる名人桂三木助師匠風な浜の情景は一切描かず、オールカットなさったこと。旨そうに煙草を吸ったり、煙管の先で革財布を引き寄せたり、そういう所作や描写は一切無し。三木助美学を尊重なさっているからなのでしょう。
だから、叩き起こされて外に出て、すぐに帰って戸口を叩く。そして、拾った金を夢中で数える。こうすることで、舞い込んだ運と人間の欲の関係が強くクローズアップされる。畳の上の夫婦だけを描いているのに、明け方の外の静けさを感じられたことが不思議だった。白酒らくごの言葉は魔法です。
余計な情景を省略した分、人間の情や業が鮮やかに見えるのでしょう。そして、そこで展開されるのは白酒師匠ならではの滑稽味溢れる会話。大いに笑ったし、会話ですべてが見えてくる。新しい畳、豊かな大つごもり、そして夫婦の笑顔。
笑いと共に感動がある。綺麗にサゲも決まり、鳴りやまぬ拍手。
すぐに席を立てずにしばらく余韻の中にいた僕のような方々が多かったのも印象的な、それはそれは見事な楽日でしたよ。
めでたしめでたし、圧倒的な面白さで、鈴本十月上席、桃月庵白酒『浮世女男夫婦模様(うきよめおとたちのいろいろ)』は大成功の模様。
さて、お話変わって、任侠のキモチ。
春風亭昇太アニキに浪曲は面白ゾと教わり、すぐに新作落語『任侠流れの豚次伝』を創作した三遊亭白鳥師匠の類まれなる才能には驚かされますよね。奇想天外でめちゃ面白いので、いろんな人が教わって演っている。その中に浪曲の玉川太福先生がいるのがものすごい出来事。だって、もともと清水次郎長伝は昭和の大人気浪曲師、広沢寅造先生の大ヒット作品ですもんね。
更に遡れば、その虎造先生は、講談の三代目神田伯山先生の次郎長伝にぞっこんで、浪曲にしたくて足繁く通って、やらせて下さいとお願いしていたんだという。次郎長伯山とまでいわれたその代表作だけに、断られ続けたそうだが、伯山の弟子、神田ろ山が虎造の熱意にほだされて教えちゃったんだそうで、可哀想にそれが為に、ろ山さんは破門になっちゃった。寅造さんがどのくらい金を積んだのか、はたまた積まなかったのかわからないけれど、お人好しがバカを見る、これまるで任侠噺の如し。幸い、後年には破門は溶けたそうですが。
つらつらと物知り顔で書いている清水次郎長伝のうんちく。実はこれ、玉川太福さんから教わったことばかり。ちなみに、浪曲の次郎長伝は、寅造さんより前に、太福さんの系譜の初代玉川勝太郎先生が手掛けていたという。聞けば聞くほど面白い。
ここで皆さんに知ってほしい白酒師匠情報。
桃月庵白酒師匠の持ちネタの中にも次郎長伝があるのをご存知ですか?
はい、あるんですよ。これがやたらと面白い!
2019年9月、我がざぶとん亭風流企画主催の『白酒のあんばい』公演で本邦初公開して下さった次郎長伝の人気演目。
『次郎長伝 石松三十石船』
森の石松の喜怒哀楽の描き方が白酒師匠独特のリズムで実に面白かった。今、とても聴きたい白酒師匠版『三十石船』です。
この噺、惜しまれつつお亡くなりになった柳家喜多八師匠もお得意になさっていました。喜多八師匠版『三十石船』もテンポよくて能天気で、大好きです。

で、ですねえ。
この時代、次郎長伝を演る落語家さん、若手の中からも出てきて欲しくありませんか?
学生運動が華やかなりし頃に高倉健さんが流行ったように、嘘や偽り多き為政者どもが闊歩する今の時代に、極悪と立ち向かうもうひとつの悪、バカ正直で不器用な男たちの物語がじわりじわりと注目され始めてもいいんじゃないか、と個人的に思っていた矢先、待ってました! の好企画をらくご@座の松田健次くんが立ててくれた。
この10月14日に開催の運びとなり、不思議な形で大成功。
題して、『小痴楽つめられる、太福に。次郎長伝やっておくんなせぇ』
このタイトルからして任侠の匂い。

玉川太福先生から、柳亭小痴楽師匠への清水次郎長伝のリクエスト。
矢面に立たされた小痴楽師匠は、自身の全国ツアーにカチコミと名付けるほど。この太福ミッションに合っている。
「小痴楽兄サンは、森の石松でもあり、次郎長親分でもあるんですよ」
これは玉川太福さんの言葉。けだし名言です。
実際、小痴楽さん本人も乗り気で、この依頼があった直後から演じ方をどうしようか、次郎長伝のどこの部分を演ろうか、講談、浪曲、音源になっている喜多八版など聴き込んで熱心に考えていた様子。
太福さんに会う度に、こう思うああ思うと思案していたとのこと。半年前に会っても、三か月前に会っても、三週間前に会っても、三日前に会っても、思案中。おいおい、兄サン、いつ稽古始めるんだよ、本番間近ですよ!と太福さんの方が焦っていたそうだ。
小痴楽さん、任侠ものに通底するバカ正直のアウトロー魂は持ってはいるが、不器用なほどの実直さも持ち合わせる男。思い詰めたらとことん迷う。
その上、小痴楽さん、石松流にかなりのぞろっぺい。
この公演直前にも大金が入った財布を落としたそうだ、幸い、拾った人が『三方一両損』の左官の金太郎みたいな良い人で警察に届けてくださり、ご難を逃れた。公演前日も朝の四時まで後輩を引き連れて奢ってやっていたそうな。
だから、楽屋入りした時はゲッソリ、もちろん噺もまだ全部は頭と肝に入っていない。
煙草を吸いに出たと思うと帰ってこない。外で稽古しているのだ。
小痴楽さん、ぞろっぺいの上の名付けようのないナニカ。
そして、本番が始まる。開口一番は、お弟子の柳亭いっちさん。次に小痴楽さんで、前半の最後は太福さんが勤めるので、二番手小痴楽さんの前半は口慣れた噺を簡単に済ますと誰もが思っていた。ところが、喋り始めたのは、いかに後半の次郎長伝が出来ていないかをバカ正直に事細かく。しかし、これがやけに面白い。全て真実なのでドキュメント映画を観ているようだ。
そして、意を決したように宣言した。

「先に言っときます。今日ダメです。あきらめてください。その代わり、来年の三月までにどこかで手打ち(自腹)でやるんで、今日来た人はみんなお金要らないので来てください」
なんの打ち合わせもないホントの爆弾宣言!
小痴楽さん、ぞろっぺいを超えた義理堅い男であった。だから無料公演を本当にやりかねない。
おいおい、まだカチコミ前だぜ、どうした小痴楽! 客席から自然と、がんばれ! の声がかかる。どうぞご無事と祈る人の姿も。
この長いマクラから十八番の『磯の鮑』に入ろうとするが、なんとなんと、この口慣れた噺の冒頭が出てこない。2分経過、3分経過。
マジか! ヤバい! 焦るな小痴楽!
万事休す! 誰もがそう思った。ほどなく記憶の糸のねじれが戻り、絶品の『磯の鮑』で会場を笑いの渦に。
この前半の弱気発言からの爆笑落語。
そして、もう書いてしまいましょう。後半の『石松 三十石船』も完璧と言えないまでも、グルーヴも構成も初演とは思えない良い出来だったのです。それでも、来年月までにリベンジするからみんな無料で聴きに来てと公言して終了。後見人の玉川太福先生もホッと胸を撫でおろしたとか。
ね、だから、公演自体が一か八かの大勝負、客席を巻き込んだリアルドキュメント『小痴楽初めての石松』。だれか映画にしておくれ。
今思うと、居合わせたお客さんも共演者さんもスタッフさんも小痴楽三十石船の同船者だったんだなあ。
さて、船が無事に伏見に着いたところで、また次回と言いたいところですが、
最後に少しだけ黄昏ます。10月はたそがれの国の話しではなく。
紙切りの林家二楽師匠がお亡くなりになりました。東京でも山梨でも一緒にお仕事をする度に愉快で優しくて男前。大好きでした。
『白酒のキモチ。』に橘家文蔵師匠が遊びに来てくれた時に話してくれた二楽さんや昇太さんと一緒にやっていた大江戸ビートルズのおバカネタも面白かったなあ。
謹んでご冥福をお祈りします。


