ババのきもち。

桃月庵白酒WEBラジオ「白酒のキモチ。」からのスピンオフ連載。
ざぶとん亭風流企画の馬場さんの“独り言”、毎月更新します。ぜひお楽しみください。
感想お待ちしています~。

2025/11/10

『白酒さんとのズレズレ日記』 其の十一 2025年11月10日



 霜月になりましたね。霜降月、雪待月とも言われる今月、寄席でも冬の噺が多くなりました。めっきり寒くなりましたと挨拶するのはまだまだ先のようですが、以前も書いたように落語家さんは季節の先取りをしてくれます。寄席で『ふぐ鍋』や『二番煎じ』のような趣のある冬噺がぽつりぽつりと出始めると、帰り道にたいして寒くもないのに、居酒屋の暖簾をくぐり「熱燗イッテレツ」などと行きたいもんだ、とひとりごちます。ねえ、ご同輩。

 そして冬の演目が始まる頃ともなると、胸中そわそわと、穏やかならざるものを感じませんか。そろそろ今年も終わりだなあ、と。でしょ?
 なんでしょ、この柔らかいそわそわ感。
 僕の場合、今年初めて冬の演目を聴いたのは10月の上席、白酒師匠の『芝浜』でしたから、早くも10月の初旬から胸の中にさざ波のようなそわそわ感が寄せては返しているのです。

 今月始まった大相撲九州場所にも同じことを感じますね。相撲という言葉自体は俳句の世界では大昔の宮中行事の名残りで秋の季語なんですが、今は年間六場所開催される時期に合わせてそれぞれの場所が季語となっている。つまり、九州場所は初冬の季語であり、1年を通して開催される大相撲の〆なのです。
 だからですね、冬の演目が出始める頃、歩調を合わせるかのように大相撲九州場所が始まると、心の中のそわそわ感が少しずつ変化する。
 今年の僕の場合、白酒師匠の『芝浜』から始まった微かなソワソワの波が、今場所初日に贔屓の若元春関が肩すかしで負けちゃった瞬間、ちょっとだけ強めのソワソワ波になり、胸の岸辺にちゃぷ~ん、ちゃぽ、ちゃぽ。
 嗚呼、今年もあと少し、ちゃぷ~ん。

 いかんいかん、大晦日が近づくに連れて強くなるこのソワソワ波ちゃぷ~ん。どこかで堰き止めなくては。

 奇しくも、大相撲九州場所と『博多・天神落語まつり』とは、同じ都市、福岡での開催。今年は、先月末から今月3日までの落語まつりが終わり、週末から大相撲が始まった。いっそ来年の霜月は、福岡に旅をしようか。うんそれが良いや。積極的に冬の噺に出会い、能動的に贔屓の力士の黒星も受け入れる。福岡には友達もいるし、おまけに美味いお店もたくさんある。今からコツコツ準備をして来年の霜月はずっと福岡で落語と相撲に通い、メンタルそわそわ感を克服しようかな。
 師走に向かう未達成感を抱きながらも、来年の事を言えば鬼が笑うくらいの楽天性がつくづく大事だなと思う今日この頃です。

 いま、ここに書いた僕の小さな希望は、為せば成る個人的な夢に過ぎません。実際、福岡には美案寄席やお多福寄席を主催している素敵な女性三人組WMKエージェンシーさんも活躍しているし、友人のバンバンザール福島くんや帽子屋ノックくんも楽しく暮らしている。僕は自分の仕事部屋のパソコンを叩き、落語ファンのババとしての小さな夢を綴りさえしたら、少しはリフレッシュできちゃう手軽さは手に入れている。ことほど左様に、たった今、わずかながら、そわそわビハインド感が少なくなってきたみたいだぞ。
 もし来年の霜月に、この夢を実現できなくても、小さい嘘として笑い話にはなるしね。

 けれどもね、皆さま。せちがらいこの世の中、もっとたっぷりリフレッシュしたいじゃないですか。どうせ嘘なら、もっともっとでかーい嘘が必要です。
 そんな時は寄席で落語ですね。
 幸いなことに、幾ばくかの木戸銭を払って、潜り戸の向こうの客席まで辿り着きさえすれば、この世の憂さを晴らしてくれる凄い話芸が待っている。
 滑稽噺、人情噺、色んな噺があるけれど、師走に向かう僕のストレスを見事に晴らしてくれるのは、嘘八百の噺、法螺噺なのです。

 お馴染みの『嘘つき弥次郎』『鉄砲勇助(嘘つき村)』から、
 古くは、昇太さんの師匠春風亭柳昇師匠の『南極探検』、
 最近では、林家彦いち師匠の『神々の歌』、
 極めつけは、柳家小満小満ん師匠の『月宮殿』まで、
 痛快なウソ噺に、僕は心が救われる!

 何故だろう? どうしてだろう? わかっちゃいるけど笑っちゃう、この嘘八百の話芸の構造は?

 例えば、ドイツ古典文学の『ほら吹き男爵の冒険』や、児童文学の『ピノキオ』も然り。
 文学でも落語でも、嘘八百は真実へ至るまでの装置です。
 人間の愚かさを笑い飛ばすためのモチーフとも言えると思います。
 嘘をつく話し手としての落語家さんとその嘘八百に頷く客席との蜜月の共犯関係。なんとも寛容で温かい間柄が成立しているのです。

 人間は嘘を語るぐらいの自由があった方が良い。言葉を解放する自由を失ってはいけないとつくづく思う。
 但し、無邪気な笑いや、落語表現のように良質な嘘に限りますがね。

 世間に蔓延る人を傷つける嘘を平気でつく野蛮な人間のニュースを目にする度に、コンニャローと怒りつつ、落語の痛快なウソ噺こそ世を救うと思うのでありまする。

 さて、結論めいたところに至ったところで、ここから先はオマケです。

 皆さまは御存じですか? 桃月庵白酒師匠の新作落語『寄席よりの使者』を。

 ガーコンでお馴染みの川柳川柳師匠へのオマージュを込めて作った噺。でたらめばかりの酔っぱらいの落語家が、なんの因果か、世界平和のシンジケートから大いなる勘違いを受け、世界を救う特殊能力のある男としてヨーロッパに招聘される。本人はただ泥酔してでたらめに騒いでいるだけなのに、知らず知らずのうちに世界全面戦争を止める。凄いことを成し遂げ世界中の人から感謝されるんだけれども、帰国しても自分がどこに行って何をしたのかも覚えていないという、奇天烈だけど実に可愛い酔っぱらいを描きながら、落語愛に満ち満ちている爆笑ストーリー。

 今回テーマのウソ噺とは微妙に違うんですけど、落語の本質=諧謔魂という大事なところで密接にリンクしているのでここに紹介しました。
 エドガー・ライト監督の映画『ワールド・エンド 酔っぱらいが世界を救う』に匹敵する新作落語の名作!
 桃月庵白酒師匠の作家性にもぜひ注目してほしいのであります。

 そんなこんなで、また次回!