ババのきもち。

桃月庵白酒WEBラジオ「白酒のキモチ。」からのスピンオフ連載。
ざぶとん亭風流企画の馬場さんの“独り言”、毎月更新します。ぜひお楽しみください。
感想お待ちしています~。

2026/02/28

『白酒さんとのズレズレ日記』 其の十四 2026年2月28日

 年を跨ぎ、立春も過ぎ、あれよあれよと二か月が経ちました。こりゃ、うかうかしてると桜が咲いちゃうゾ。
 ご無沙汰しております。皆さま、お元気ですか?
 お元気なら大丈夫、よかったよかった。

 いやぁ、僕ぁねえ、いまいち元気なかったっすよ。なんかこの二か月間、新聞読んでもニュースを見ても辟易で、なんやかやと世間の動きに心落ち着かぬ日々だったなぁ。そんなこんなで、この連載の筆が進まぬババでした。

 でもね、ババは、この鬱々とした日々にも、白酒師匠はじめ色んな落語会や寄席にはかなり通っているんですよね。自分の手帳とSNSの呟きを眺め返して、足を運んだ落語会を思い出し、よーくわかりましたよ、つくづく僕は落語に救われてるんだなあ、ってね。
 ほんにまあ、落語という芸能は、現代社会のモヤモヤを救ってくれると思いますよ。


Disc.1
大工調べ(だいくしらべ)/柳家小三治(やなぎや こさんじ)
死神(しにがみ)/立川志の輔(たてかわ しのすけ)
Disc.2
青菜(あおな)/柳家権太楼(やなぎや ごんたろう)
文七元結(ぶんしちもっとい)/立川志らく(たてかわ しらく)

 ストレスがあったら『堪忍袋』にダーッと叫んで詰めちゃえるし、
 意地の悪いお偉いさんは、『大工調べ』に、もめごとは『三方一両損』でね、大岡越前に裁いてもらえるし、
 やっかいな因習やヘボな言いがかりは『鹿政談』でぶっ飛ばせ、だし、
 金銭感覚や価値観がケタ違いな大金持ちに一歩も引かない、これぞ庶民のたくましさを『八五郎出世』や『火焔太鼓』が描いてくれるし、
 人から押し付けられた人生ではなく、自分の意志と努力で技を身につけた自由で包容力のある生き方を『抜け雀』や、左甚五郎(ひだり じんごろう)ものの『竹の水仙』や『三井の大黒』は称賛してくれるし、
 そうそう、中身は無いのに威圧的な睨みばかり効かせている偶像を喝破する術を同じく甚五郎ものの『ねずみ』は教えてくれるし、ね。


Disc.1
鴻池の犬(こうのいけのいぬ)/柳家さん喬(やなぎや さんきょう)
抜け雀(ぬけすずめ)/三遊亭兼好(さんゆうてい けんこう)
Disc.2
つる/春風亭昇太(しゅんぷうてい しょうた)
元犬(もといぬ)/立川生志(たてかわ しょうし)
ねずみ/三遊亭円楽(さんゆうてい えんらく)

 落語の中にある確かな知恵が実にありがたい。
 つまらぬことは落語で笑い飛ばして生きていけそうですね。
 ご賛同いかがでしょうか、皆の衆。

 思いつくままにずらりと好きな演目を並べてみましたが、このババがいかに落語に勇気をもらっているかの、ほんの一端でございます。
 並べてみて甚五郎ものが多いのに気がつきましたでしょ。
 そんなこんなで今回は、甚五郎演目への小さな論考です。

 日光東照宮の眠り猫を彫ったとされる天才・左甚五郎という人物が実在したか伝説上の人物かは諸説あるようですが、落語の中では実に良い働きをしてくれます。能ある鷹は爪を隠す的な格式ばった謙虚さというよりも、ノンシャランとおおらかに身分を隠す酒好きのぞろっぺい。慾はなく、実に柔らかいユーモアを持つ愛すべき男といったところでしょうか。

 そんな気ままに生きる男が、恩着せがましくなくさっぱりと、弱い立場の人を助ける痛快さが江戸の昔から今日まで大衆の心を掴むのでしょう。
 先に挙げた落語演目の他にも『叩き蟹』なんてのもあるし、バレ噺もこりゃまた沢山あって面白い。神田愛山先生がおやりになるシリアスな講談『左甚五郎 陽明門の間違い』、その愛山先生から柳家喬太郎師匠に伝授された『偽甚五郎』など、この伝説の匠をモチーフにした物語はどれも興味深いですね。


 落語の甚五郎は、滑稽だけではない生き様、まれ人としての貴さを感じさせてくれます。
 この魅力の大元は、なにより演じる落語家さんという存在が左甚五郎的であるから、と僕は思っています。

 つねづね、僕の敬愛する落語家さんは少なからず甚五郎的なるものを投影しているなあと感じています。
 甚五郎作の大きな特徴は、バレ噺も落語演目も彫った作品に命を吹き込むということ。表現者の精神性を表すのにいささかくすぐったい物言いですが、これはこれで大事な基本です。

 あと二つの大きな魅力を次に書きます。

 僕が甚五郎的で素敵だと感じる芸人さん芸術家さんに通底するのは、威圧的なものに媚びない反骨精神、群れに組みしないアウトロー的な視座をお持ちということです。囚われから魂を解放しなよ、と心に灯をともしてくれる表現者に惹かれます。

 そして更にひとつ。類まれなるユーモアのセンスです。『三井の大黒』のポンシュー(甚五郎の偽名)は演じている落語家さんの映し鏡で実に面白い。ですが、心から面白いと感じさせる表現が一番むずかしいかもしれません。嬉しい笑い、哀しい笑い、様々な感情を惹き起こすユーモア。笑いが共感を呼び心を動かしてくれます。ユーモアは無力という力なり。
 多くの素晴らしき表現者たちはこういった魅力を内に秘めて、それを存分に発揮されます。

 桃月庵白酒師匠柳家喬太郎師匠春風亭一之輔師匠春風亭昇太師匠五街道雲助師匠等々、書き始めたら止まりません。田中泯さん、奈良美智さん、Mrジム・ジャームッシュ、おっと、ジャンルも国境も超えちゃった。

 〈俺らが甚五郎的だって? そんなことないよ。それに、俺は甚五郎演目は持ってないぜ〉とおっしゃる方々がいるかもしれません。実際、白酒師匠は甚五郎ものを演らないですしね。
 〈アイドンノージンゴロー〉とジャームッシュだって言いますとも。

 甚五郎を演ろうが演るまいが、知ろうが知るまいが、そんなことはどうでも良いんです。誰にも遠慮なく書いて行きますよ~。我こそは、敬愛する表現者たちに通底する美しく逞しい魂に触れて共振したい一人の観客なのだから。
 ここは僕のエッセイ、僕の中の小さな甚五郎が「ババちゃん、書いちゃえ書いちゃえ」と騒いでいるのです。

 さてと、今回はこの辺りでオシマイ。これからちょいと、僕の中の甚五郎と一献酌み交わしてきます。どこぞに安くて旨い居酒屋はあるまいか。